古今東西を巡る総合芸術表現シリーズ 世界芸術列伝 第227話 2014/09/27公開 |
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グスターヴ・ホルスト
組曲「惑星」 作品32
Gustav Holst orchestral
suite The
Planets, Op.32 |
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■ 短文のテキスト・メッセージが世界を飛び交う現代からは、その感覚が想像しにくいだろうことだが、人類がまだ文字を持たない時代があり、それを先史時代と呼んでいる。 その先史時代は、それ以降の文字を使用する時代、つまり歴史時代より、遥かに長かった。
そうした先史時代において、人類が残したものの代表のひとつが、イギリス南部にあるストーンヘンジだ。 高さが7メートルにもなる門の形に組まれた巨石が馬蹄形に組まれた場所を中核とし、その外側に、高さが4〜5メートルの直立した石が、サークルになるように配されている。
文字のない時代のものであるから、これら巨石に刻まれた、碑文があるわけでもなく、また由来などを記した記録物もない。 よって、何の目的で造られたものなのか、またどのように使用されたかについては、諸説があるが、推察である。 だが、このような石組みの施設を造るにあたっては、相応の規模の人間社会が存在していたと考えられるので、ひとびとのつながりを維持する祭事などを、行うために造られたのだろうと想像するのが、自然である。
また、ストーンヘンジの中心と、ヒールストーンと呼ばれる石を結ぶ直線軸が、夏至の日の出の方向と一致することなどから、天文学の知識を具現したものだとも、考えられている。 人間の営みと、天体、特に太陽の動きには、文字よりも長い関連性があるということが、あらためて認識される。
相互的関連性ということがもっぱら一般的である、人間の社会とは異なり、太陽と人間の関係においては、人間のほうから太陽の動き(地球の動きでも良いが)を、左右することはないので、立場関係からは一方向ではあるのだが、太陽からの恩恵があるのであれば、それはひとえに人間のほうが享受するという逆の一方向性があることも、認められ、興味深い。 太陽信仰が、古代の文明の中に、しばしば見られるのも、そう不思議ではないだろう。
20世紀、1962年、惑星軌道の計算に夢中になっていたひとりの大学院生が、驚くべき発見をした。 それは、1970年代後半から1980年代にかけて木星、土星、天王星、海王星が、地球から見て同じような方向に並ぶというものであった。 そうであるならば、ひとつの専用惑星探査機を打ち上げれば、それら惑星を順繰りに、接近観測できる。
それから15年後の1977年、探査機ボイジャーが2機、宇宙へ飛び立った。 以降、1980年代にかけて、世界のひとびとは、ボイジャーが惑星に接近しては送ってくる鮮明な画像を目にするたびに、感動に打ち震えたのであった。
太陽系最大の惑星、木星。 自転軸傾斜角が、3度ほどしかなく、それが23度もある地球とは異なり、四季がない。 ボイジャーが撮影した木星。 表面に見えるのは一面の雲である。 蛇行はしない気流の流れを反映して、横の縞模様状になっている。 その一方、ひときわ印象的な木星の大赤斑は、地球が2個分もある大きさの台風だ。 ここ300年、消えたという記録はない。 今後もあり続けるという。
17世紀のはじめにガリレオによって、「耳がある」と観測されていた土星は、その45年ほどのち、性能が向上した望遠鏡を使用したホイヘンスによって、それが輪だと分かった。 そして、20世紀のひとびとは、ボイジャーが送ってきた写真を観て、それが家にあるLPレコードそっくりであることを知った。
レコード...そっくり... その事実が分かった晩に、幾多のひとたちが、棚から1枚のレコードを取り出してきて、そっと針を落としたことであろう。 いうまでもなく、それは、ホルストの惑星だ。
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グスターヴ・ホルスト(1874-1934)作曲
大管弦楽のための組曲 惑星 作品32 より
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作曲時期:1914-16年 公式な初演:1920年
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古来より、人類は星空を観察してきた。 ひとびとにそれらがどう見えて、どのように理解されたのかは、そうしたひとびとの、こころに浮かんでくるさまざまなことがらが、寄り集まって、強め合っていったものが、どういうものであったかということによると思われる。
それには、人間の生活に係わることであったり、人間の生涯についての考察だったり、または、ひとびとの社会に起きる事象、あるいは語り継がれている歴史などが、深い影響を与えているだろう。
最先端の惑星探査機から送られてきた写真を見てもなお、わたしたちのこころに去来するもの、あるいは想像するもの、あるいは洞察するものに由来する、なにかが、存在する。 そのことを、思い起こさせ感じさせてくれる、テキスト以外の創作物として、ホルストの惑星の魅力は、色あせることはなかったし、今後もないだろう。
■ 火星、戦争をもたらす者
ホルストが惑星を作曲した時期に注目しよう。 公式な初演こそ1920年であるが、作曲した時期は、1914年から1916年にかけてだ。 それがどういった理由であるとか、どういう必要性があったのかが明確であるとは言えないままはじまり、世界へと広がった第1次世界大戦と、重なっている。
火星人が写っていないかと、何度もくまなく探した、バイキングからの写真を見てもなお、ホルストが、古来よりひとびとが抱いてきたイメージを汲み取りつつ、作品にした想像力を賞賛したい。 これは火星だけに言うのではなく、直接的に対になる金星にも、そして全曲に渡って言うことである。
火星は、戦争、事故、武器などの象徴とされてきて、熱やエネルギー、あるいは爆発、勝負事などと関連づけられてきた。 人間の性質に投影すると、強い意思や決断力などになる。 ただし、それが、短気さであるとか、軽率さとして現れることもあるという。
■ 金星、平和をもたらす者
澄んだ空気を感じさせ、ゆったりとした心持ちをもたらす曲である。
金星は、宵の明星、明けの明星として、肉眼で容易に認識できる惑星である。 その意味で、実体験的に、もっとも親しみのある惑星だ。
金星は、愛情、美的感受性、調和や順応性の象徴とされてきた。 ただし、それが意思の弱さとして現れることもあるという。
■ 水星、翼のある使者
上昇、下降が早いペースで演奏される楽しい曲と捉えられるかもしれないが、単にそうではない。 聴けば聴くほどに、ひとの心根のようなものが、曲自体から、語りかけられてくる。 言うなれば、ホルストという作曲家自身のことが、組曲「惑星」のなかで、もっともありありと感じられてくる一曲なのである。
水星は、思考、知識、コミュニケーションの象徴とされてきた。 ギリシア神話でいうとヘルメスに相当し、ローマ神話でいうとマーキュリーだ。 音楽、天文、文学、数学を考えだしたのは、ヘルメス(マーキュリー)だとされている。
■ 木星、快楽をもたらす者
木星は、太陽系最大の惑星である。 その質量は、木星を除く他の惑星のすべてを合わせたものの、2〜2.5倍に相当するのだから、大きい。
東京の三鷹にある国立天文台へ行くと、その広い敷地の道路の1本を使って、太陽系のスケールを感じてもらおうという野外展示物、「太陽系ウォーキング」がある。 もし、太陽系を100メートルに縮小して表現したら、それぞれの惑星の大きさや、公転している場所はどのようになるかについて、歩いて行き来しながら体感していくことができる。
まず基点のところに、太陽のイラストパネルがあり、そこから2メートルから、7、8メートルくらい離れた場所にかけて、水星、金星、そして地球、火星のパネルが立っている。 パネルには、それぞれ惑星のスケール模型が付いているのだが、地球の模型とされるものは、1センチメートルあるかないかのものだった。 火星の模型は、それより小ぶりで、金星はそれとあまり変わらず、水星はもっと小さい。
そこから想起されるのは、水星、金星、地球、火星は、そう遠からずところで、太陽の周りを、仲良く回っているのだなという概観である。
そして、火星より外側へと歩みを進めると、もしかするとその先のパネルは撤去されたのかと思いはじめるくらい、およそ50メートルくらいか、なにもない道になる。 実際の宇宙には、小惑星帯があるのだが、展示は惑星の表現なので省略されていて、やっと現れたパネルは木星のものだ。 そして、そこに付いている模型は、おおむね野球のボールくらいもの大きさがある。
望遠鏡が発明されるより、数千年か、それより遥か前から、星空を眺めるひとびとには、分かっていたのだ。 そこになにか巨大なものがあって、動いていると。 ギリシア神話においても、主神がこの木星に割り当てられている。
木星のイメージは、幸運や成功と結びつけられてきた。 また、学問や法律、宗教など、高い精神性の象徴でもある。
その一方、人間の性格に投影すると、楽天性であるとか、陽気で親切であることなどと関連させられる。 ただ、それが、極端な性格、浪費癖、自惚れとして現れることもあるという。
■ 土星、老いをもたらす者
惑星と聞いたとき、多くのひとが、球体に輪がついた星、土星のような星を、最初に思い描くのではと考えられるほど、印象的な外観を持っている。
ホルストもまた、この曲に特別な役割を与えている。 ほの明るいといった曲調が、ゆったりと落ちついた気分を誘う。 音楽に身を委ねていると、いつの間にか、自分の昔の記憶が引きだれてきて、回想状態となっている。 どうやら、良い思い出が引き出されるようだ。
土星は、時をつかさどるとされてきた。 聴くひとに、時間のトリップに浸らせる音楽を創りだすのは、すごい。
また、土星は、時のほかに、制限であるとか、宿命などの象徴である。 それゆえか、人間の性格に投影された場合、利己的でこころが狭い、冷淡で残酷、厳格で欲深いなど、あまり好ましくないものと関連づけられる。 その一方で、それが、好ましいように作用すると、まじめで我慢強く、現実的で、責任感が強いとして、現れるという。
■ 天王星、魔術師
これまで聴いてきた、火星から土星まで、それら惑星はそもそも人間の世界ではないのではあるが、ホルストの惑星では、こころが投影されるているというか、馴染みのある人間の世界であるかのように感じられていた。 だが、この曲、天王星の演奏がはじまると、それが突然、人間の世界ではなくなったように感じられる。
それは天王星に与えられた性質による。 天王星が発見されたのは1781年のことであり、それまで数千年、あるいはその遥か前から、人類は天王星なしでやってきたのだ。
天王星は、変革や改革、突発事件や異常な事態の象徴とされいる。 その一方で、先端科学と関連づけられている。
■ 海王星、神秘主義者
発見された天王星の観測が進んでいくにつれ、その公転軌道には、乱れがあること分かった。 その乱れは、天王星よりさらに外側に、惑星があることを示唆するものであった。 計算によって、存在すると予想される場所を観測したところ、海王星が見つかった。 1846年のことであった。
海王星の直径は地球の4倍ほどある。 中心には、地球の大きさほどの岩石質の核があり、それを「みぞれ氷」の分厚いマントル層がおおい、大気もある。 宇宙から見ると、美しい青色をしている。
惑星の内部には熱源がある。 太陽から、あまりにも離れていて陽の光が弱いこともあるが、惑星が宇宙に放出するエネルギーのほうが、太陽から惑星に降り注ぐエネルギーの倍も大きい。
ホルストは、深い霧に包まれた雰囲気の、神秘的な曲に仕上げている。
海王星は、人間の特質でいうと、芸術的インスピレーションや、宗教的直観力と、関連づけられている。
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(C)
柳澤 徹 東京・三鷹 2014・4 #1 写真
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● 三鷹にある国立天文台に、設置されている、各種天体観測装置のひとつが、ゴーチェ子午環だ。 子午環(しごかん)とは、南北方向にのみ正確に回転する望遠鏡のことで、恒星や月、惑星の位置観測に使用する。 建物の中にある望遠鏡は、口径20センチメートル、焦点距離310センチメートルの屈折式である。 試験運用ののち、1924年ここに設置され、長らく稼動、活躍した。 1992年からは、CCDマイクロメータを搭載し、クェーサーなどの微光天体の精密位置観測に、活躍した。
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