古今東西を巡る総合芸術表現シリーズ 世界芸術列伝 第169話 2005/09/30公開 |
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■ 年月が過ぎる間に、技術やサービスの進歩があったのだろう。 近年、歯科で治療を受けると、昔ほどは痛くないように感じる。
一般的に、落ち着きのないのが性分である男の子たちに、たとえ手足の自由を奪われても、正気を保つ方法を教えるためか、床屋では
『ゴルゴ13(サーティーン)』が置いてあるものだが、少年が通っていた歯科の待合室には、フランス・パリのモンマルトルを描いた、20世紀前半の芸術家、モーリス・ユトリロの、思わずぽかんと口を開けるほど魅力的な風景画、もしくは、その複製品が架かっていた。
重い足も、ユトリロ観たさに、やや軽くなったように記憶しているが、2005年9月18日放送の、「新日曜美術館」は、このユトリロについてであった。 1999年公開の感動映画
『鉄道員(ぽっぽや)』の原作者として知られる小説家、浅田次郎・氏(1951-)の、ものごとの機微を的確に押さえた、想像力に富んだお話には、いたく感銘した。 全国の隠れ
ユトリロ・ファンも、大いに満足されたことだろう。
さて、こうして、わたしたちのこころを楽しませてくれる芸術のひとつ、風景画であるが、このジャンルの歴史をさかのぼっていくと、ある画家へと行き着く。 その美術史上の重要性は、まるで、「風景画の始祖鳥」といった感がある。
それは、ジョルジョーネ。 イタリア・ルネサンスの巨匠である。
レオナルド・ダ・ヴィンチと同時代に活躍し、ミケランジェロとは同世代であった。 その画才は、都市ヴェネツィアの美と名を高め、また、寛大なこころの持ち主であったので、市民からも大いに尊敬を集めた。 (本名
ジョルジョ・バルバレッリ。 ジョルジョーネとは、「大きなジョルジョ」という意味である)... 続き/Page
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ジョルジョーネ (ジョルジョ・バルバレッリ) (1478?-1510)
Il Tramonto
(The Sunset/日没) 73×91cm 油彩 1506-10年
イタリア・ルネサンス ヴェネツィア派
ナショナル・ギャラリー
(英国・ロンドン) 所蔵
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画面の奥へと抜けていく、素直な空がある。 中景には、海に面している都市が、平穏な様子で描かれている。 そして、距離的には都市からさほど遠くないところに、忽然(こつぜん)と展開される、モコモコとした山中の不思議な近景。
平静なこころ持ちであったなら、絵をひと目観て、「幻想的な雰囲気だ」と感じることであろう。
そうして、関心を持ちはじめると、絵の読み解きをはじめるのが、人というものである。 掲載画像の解像度からいって、判別がむずかしいと思うので、解説をしてみるが、画面の右には、躍り上がる立派な白馬が描かれている。 そして、その前方には、得体の知れない怪物が。 馬にまたがり甲冑で身を固めた騎士は、手にした長槍で、それをまさに退治しようとしている。
画面の手前へと目を転じると、2人の男性が描かれている。 1人は、足の具合が芳しくはないようだ。 突いてきた杖を地面に置き、岩に腰掛けている。 そして、もう1人は、気遣うような丁寧さで、その足をもんであげている。 だが、この2人、すぐ近くで、馬のひづめも
けたたましく展開されている 「まさに挙げられつつある成果」には、微塵も関心がない様子なのである。 ...はて?
1枚の絵の中に描かれるものとしては、不可解な組み合わせだ。 通常の考え方での読み解きでは、これ以上、進めそうにはない。 たまたま、この作品がそうなのだろうか? ところが、伝わる作品数が少ないジョルジョーネだが、たとえば、代表作
『嵐』などでもそうなのだ。
ルネサンス以前、風景が大きく描かれる絵画では、聖書や物語などを題材にし、それを積極的に表現しようとするのが通例であった。
しかし、「大きなジョルジョ」は、意味的に不可解なモチーフの組み合わせを、1枚の絵の中に丹念に描きこみながらも、全体としては優れた景観表現へと仕上げることによって、旧来的な題材から、絵画を開放する先鞭をつけたのであった。
それは、「景観の雰囲気そのものを楽しむ」という新ジャンル 「風景画」が、絵画芸術の樹形図から、羽の生えた始祖鳥のように、飛び出した瞬間でもあったのである... 続き/Page
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(C) 柳澤 徹 群馬・草津 2004・10 #2 写真
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天高く澄み渡る、気持ちの良さそうな青空に、白黒のコントラストで、白樺の木が伸びている。 画面の左右を観てみたならば、ほかにもに何本もの白樺があることが分かる。
さて、この白樺たち。 ひょっとすると、斜めに生えているのかな? それとも、カメラ自体が斜めだったのか? 地面が写っていないので、分かりづらいようでもあり、一方、判別ができそうでもある。 また、白樺の木とは、作者のこころ持ちを、何か象徴しているのかも?
いやいや。 青・白・黒の美しさ、今日は、ただ、風景を素直に、楽しんでみてください。
■ 追伸
1 日本橋へ、ユトリロを観に行ってきました。 日本人がとても好む芸術家であり、また、土曜日、そして百貨店から直接、展覧会場へ入場(有料)できることもあって、たいへんな賑わいでした。
その展示作品は、初期から晩年に至るまでのもの80数点と、そうとうなものでしたが、画家30歳前後にあたり、「白の時代」と呼ばれる時期の作品が放つ、恐るべきほどの情感は、絵自体がけっして大きくはないにも係わらず、圧巻! 特に、日本の「八木コレクション」からの出品である1912年作の2点は、まれに観る超一級品でありました。 2005年9月24日放送の「美の巨人たち」では、そのうちの1点、『ラパン・アジル』をフィーチャーされましたが、さすがはと、しごく納得いたした次第です。
1936年以降のユトリロの作品には、絵に風格といったものが加わって立派であり、また、1940年代の、懐かしむような、やや遠巻きの画家の視線は、絵の詩情を、芸術の高みへと押し上げていました。
没後50年 モーリス・ユトリロ展 |
2005/09/21-10/10 日本橋タカシマヤ |
2005/10/13-10/31 横浜タカシマヤ |
2006/01/07-01/29 京都タカシマヤ |
2006/02/23-03/13 大阪タカシマヤ |
2006/03/15-03/27 ジェイアール名古屋タカシマヤ |
■ 追伸
2 2005年10月14日、めでたくも国民の意思尊重で、郵政民営化法が成立いたしました。 振り返ってみれば、この数ヶ月は、賛成側、そして反対側の双方に、人間として立派なふるまいをされた方々を、拝見いたすところともなりました。 国民のため、日本のため、ゆくゆくは、世界(経済)の牽引のためのご活躍を、祈念いたしたく存じます。
■ 追伸
3 ユトリロは筆と絵具で、そして、ウイリー・ロニスは写真機でポエムを。 1930年代より、人びとが息づかせたパリの表情を撮り続けた、写真家ロニス(1910-)の回顧展が、フランスで開催。
人類史的には同じ時間軸にあるものの、日本とはまた異なる歴史・情勢から生成される海外メディアの報道を、均整をとられた人間的理性で介されることで、コンテンポラリーな共感性を生みながら伝えられる
「おはよう世界」(BS1)における、「フランス2」にて拝見いたしました。 詩情に満ちた、素敵なモノクロ作品たちでありました。