古今東西を巡る総合芸術表現シリーズ 世界芸術列伝 第206話 2008/09/10公開 |
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音楽家
スティーヴ・ライヒ 18人の音楽家のための音楽
/ ミニマル・ミュージック
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■ 統計によると、海水浴場において、人間がサメに遭遇する件数が多い時間帯は、午前10時から午後2時までであるという。
この事柄から、なにか知識を生み出そうと希望するひとは、まずこう思うかもしれない。 サメという魚は、お昼を挟んだ前後の4時間のような、太陽が高い時間帯に、海岸に近づく習性があるのではないだろうかと。 だが、この仮説は、やや客観性を欠いた視点から出てきたもので、じつは誤りである。
そうした太陽が高くて、海水浴に適した時間帯を好んで、わたしたち人間が海水浴場に押し寄せるので、統計にしてみると、その時間帯における件数が高いものとなっているのである。
これは、筆者が20世紀に聞いた話なので、ご存知だった方もおられると思うが、なにか統計をもとにして、ものを考えるときには、たまに思い出されることがあっても良い事柄であることだろう。
と、ここまで考察したならば、このサメのエピソードから、なんらかの「知識」を生み出したことにもなるだろう。
ところで、サメと聞いたならば、1975年制作の大ヒット映画、『ジョーズ』を思い浮かべる方も、多いかもしれない。 ジョン・ウィリアムズ(1932-)が創りだした『ジョーズのテーマ』も、じつに印象深いものだった。
フランスの作曲家アルテュール・オネゲル(1892-1955)による、交響的断章(運動)第1番『パシフィック231』(1923年)の、蒸気機関車を描いた雰囲気と加減速感のある展開の中に、ロシアの作曲家イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882-1971)によるバレエ音楽『春の祭典』(1913年初演)のリズム感が良く、色彩豊かな音楽要素を組み込んだような構成でできていて、大規模なオーケストレーションにはしなかったものの、器楽の音色に含有される意味を、たいへんな具体性を伴う想像力でもって統合して曲にしているものだった。
国際写真家集団「マグナム・フォト」を結成したひとりで、絵画芸術にある優れた構図センスを、景色や対象の中に瞬時に見出して、芸術性高い写真を多々生み出したフランスの写真家、アンリ・カルティエ・ブレッソン(1908-2004)は、本人の言葉によると、子供のころ、ストラヴィンスキーの『春の祭典』ばかりを聴いていたそうだ。 ブレッソン5歳のときには、『春の祭典』が初演されているので、最新チューンに酔いしれたということなのかもしれない。
筆者のとき、ストラヴィンスキーの『春の祭典』は、「クラシック音楽の名曲」になって久しかったが、出会ったのは14歳くらいであったと思う。 人類の原初的な生命感が、目くるめくようにして表現されていることだと思った。
そのやはり14歳で、ストラヴィンスキーの『春の祭典』に出会ったあるひとの場合、それは、1950年であった。 たいへんな衝撃を受けたという。
少年は、ジャズのアルトサックス・プレイヤー、チャーリー・パーカーやトランペッターのマイルス・デイヴィスの音楽を聴き、また、リズムの感じに興味を持っていたので、友人たちとバンドを組むとき、好んでドラムスを選択した。
そんな14歳に彼は、18世紀ドイツの作曲家ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685-1750)のブランデンブルク協奏曲の第5番とも出会っている。
少年は大人になって、音楽史上のあるムーヴメントの中核的な位置を占める作曲家となった。 そのひとの名は、スティーヴ・ライヒ(1936-)。 そのムーヴメントとは、ミニマル・ミュージックと呼ばれる。
『18人の音楽家のための音楽』(1974-1976)は、スティーヴ・ライヒの代表的作品だ。
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Steve Reich
Music for 18 Musicians CD Trailer |
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音楽の最初の音が響いてきたとたんに、ひとつの世界観といったものが感じられることは、その芸術作品が、いかに際立った想像力によって創られているかの指標でもあることだろう。
これは音楽に留まらず、鑑賞するのに時間の進行を必要とする芸術、たとえば小説や映画にも当てはまることであるが、スティーヴ・ライヒの音楽はいつも、最初の音楽が響いてくるとともに、独特の世界観が生成されている。
『18人の音楽家のための音楽』は、独特の美しい響きが、ほどよい緊張感を携えてはじまる。 使用される楽器は、ステージ上で目にするということにおいて、なにも特別なものではないアコースティックな楽器である。 それらからこのような音色が生み出されていることには、テクノなど電子楽器による音楽が、当たり前に耳に入っている現代において、新鮮な感覚を、もたらしさえするものである。
この響きの反復するフレーズ中の、どこかの音楽要素が微妙に変化すると、音楽の色彩が変化する。 曲を通して、このことが進展していく。 アメリカの作曲家、スティーヴ・ライヒのミニマル・ミュージックは、この変化を味わい愉しむ音楽だ。
さて、ここで思い出されるのが、先ほどの14歳の出会いだ。
音の響きでもって、世界観を生み出すことの大事さと、その方法的なところは、ストラヴィンスキーの『春の祭典』に習っているように思える。 そのリズム感覚も糧になっていることだろう。 打楽器が前面にでていて、反復の音楽を作っているのは、バンドに参加するならドラムスを好んで選んだことにも表れているだろう。 管楽器にサクソフォーンを加えているところは、ジャズのチャーリー・パーカーの影響があるだろう。
音楽を、高いテンションを保ちながら、徐々に変化していく展開のものに創っていく、自身のミニマル・ミュージックの循環的な展開方法を考え出したことには、バロック音楽の中でもハイテンションが持続され目くるめく展開をする、バッハのブランデンブルク協奏曲
第5番を、かなり理想的な音楽と認識していたのではないかと、推察されるところである。
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(C) 柳澤 徹 東京・目黒 2008・2 #1
『反復しつつ変化する笹の連続』 写真
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● ミニマル・ミュージックという言い方は、先行してあった美術におけるミニマル・アートという呼び方・捉え方が、音楽分野へ波及したものである。
ミニマル・アートとは、1950年代の後半に出現し、1960年代を通して、主にアメリカにて展開されたムーヴメントである。 代表的な画家としては、フランク・ステラ(1936-)がいる。
ミニマル・アートは、工業製品に見られるシンプルなデザインから相互的影響を受けたが、先駆の役割をしたひとには、ルーマニアの彫刻家コンスタンティン・ブランクーシ(1876-1957)や、ロシア構成主義の美術家アレクサンドル・ロトチェンコ(1891-1956)がいた。
小単位の反復の音楽が特徴的なスティーヴ・ライヒであるが、本人がその音楽についてミニマル・ミュージックであると主張したのではなかった。 ミュージック・シーンや音楽ムーヴメントを大きく体系的・歴史的に観ているひとたちが、そう定義づけたのであった。
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