古今東西を巡る総合芸術表現シリーズ 世界芸術列伝 第179話 2006/06/16公開 |
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■ 触ると火傷をしそうなほどの若き情熱の前にも、その強さに比例するかのようにして
壁とはそびえるものだ。 古来よりそれは試練と呼ばれ、偉業の母である。
今回お話しようと思うのは、19世紀のはじめ、1803年に生を受けた ある男についてだ。 彼は音楽家、その名をルイ・エクトル・ベルリオーズという。
パリの大学で医学の道を進みかけたところで、音楽へと転向し、何人かの作曲家に師事した。 1823年のことで、20代のはじめのことであった。
そうして5年が経ったころ、ベルリオーズは、強い啓発の経験をした。 古典派音楽を大集成し、ロマン派音楽の扉を開いた ドイツの音楽家
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの交響曲演奏会が、パリにて開催されたのであった。
ポッドキャスティングまである今日とは、技術がよく進歩したものであるが、さらにはCDもレコードもない180年前のことである。 シンフォニーも、オーケストラによって実演されなければ聴く機会がなかったわけだが、求道する者にとっては、接したときの新鮮さやインパクトといったものについては、反ってひとしお大きかったことであろう。
若きベルリオーズは、演奏された交響曲の中でも、都会人が自然の溢れる中で味わった1日について、その感覚的なところを、順を追って組み立てて
音楽とした風の、『田園』と標題された美しい交響曲 第6番に、大いに感銘を受けると同時に、可能性を感じたのであった。
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ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)作曲
交響曲第6番 へ長調 作品68 田園 |
作曲時期:1807-08年 |
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さて、この『田園』との遭遇と遠くないころ、ベルリオーズはまた、衝撃的な経験をしていた。 イギリスからやってきた劇団によるウィリアム・シェイクスピア(1564-1616)の『ハムレット』を観に行ったのだった。 そして、その内容に、眼前がはるか遠くまで開けると思うほどの真なる美を、見出したのであった。
このときオフィーリア役を演じたのは、アイルランド出身の女優ハリエット・スミスソンであったが、ベルリオーズは彼女が繰り出す
劇的効果の才の「とりこ」になる。 これぞというものを見つけた彼は、その若さゆえの情熱をもってして、彼女に熱烈な恋心をいだく。
だが、その情熱の尋常ならぬ激しさが、彼女を驚かせるところとなり、ベルリオーズは振られてしまう。 音楽家は苦悩し、やがて絶望のふちへと到る。
しかし、そこからが、将来の巨匠のすごいところである。 この自らの体験を、フランス・ロマン派音楽の金字塔とも言うべき 一大芸術作品へと、昇華させてしまったのだ。
それが、ルイ・エクトル・ベルリオーズ作曲 『幻想交響曲』。 ベートーヴェンの『田園交響曲』の手法に習いつつ、世界で初めて、オーケストラによる器楽の演奏のみを使用して、きらめきと、ゆらめき、あこがれと、とまどいなど、青春における諸々の内的感情を、表情も豊かに描いてみせたのだ。
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ルイ・エクトル・ベルリオーズ(1803-1869)作曲
幻想交響曲 作品14 |
作曲時期:1830年 |
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さて、もしかすると、次のような方も少なからずおられるかもしれない。 『田園交響曲』の話も、ベルリオーズの恋愛の話も知らなかった、だが『幻想交響曲』は、昔も今も大好きなんだ...
そう、たとえこの音楽の誕生についての いきさつを知らなかったとしても、ベルリオーズがこの交響曲において、器楽の音色(ねいろ)や響き、そしてそれらの組み合わせよって持たせることに成功した、感情が揺れ動きながら変化していくさまとは、青春というものを知っている、もしくは、今も青春だと思う方のこころに働きかけて、せつなくも熱いロマンの境地へと、十分に
いざなうことができるのだ... 続き/Page Up
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(C) 柳澤 徹 東京・銀座 2006・3 #1
『銀座三丁目交差点 6時10分』 写真
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「マグナム・フォト」の創設者のひとり
20世紀フランスの写真家アンリ・カルティエ・ブレッソン(1908-2004)や、日本の木村伊兵衛(1901-1974)は、自身の気配を消し、雑踏に溶け込んでから、小型のライカでササッと写真を撮ったといいます。 筆者は、できるならば気配が消えればいいなとは思いつつも、重さが1キログラムくらいあるカメラを、ガッチリと腰だめに構えて撮ります。
ここは東京でもよく知られた場所のひとつ、銀座の三丁目交差点。 その目的のあるなしは分かりませんが、夕刻などには携帯電話やカメラで無心に風景写真を撮っているひとを見かけます。 そんな雰囲気ゆえか、写真撮影者の気配が消えやすい場所でもあるように思います。
6時10分...昼と夜との境界といったころでしょうか。 光の種類も変わりますが、道行くひとの顔ぶれも変わる時間帯です。
(おそらくは、ひとによって十人十色の答えがあろうかと思いますが) さて、昼と夜とでは、どちらが楽しいのでしょうか? |
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さて、ベルリオーズは1830年、この『幻想交響曲』を初演する際、曲を創る原因となった、オフィーリアを演じた
かの女優ハリエット・スミスソンを招待していた。
初演は、成功。 そして、このロマンティックで雄弁な表題音楽を聴いて、これが自分のために作曲されたことを悟った彼女は、ベルリオーズと結婚した。